とよたストーリー
豊田市域の屋根葺きとユイ
茅という材料は、歴史上最も古くから建物の屋根に使われてきた材料の一つです。それは、人の力で採取でき、かつ毎年生える無限の材料であったからと考えられます。
豊田市域の山間部には、昭和40年代まで多くの茅葺き屋根がありました。そして、その材料である茅を育てる茅場も各地域に存在し、毎年秋になると住民総出で茅を刈り取っていました。
民俗学者の宮本常一は著書『塩の道』の中で、足助には管理された草原(茅場)が広がっていたことに触れています。昭和40年代以降、茅葺き屋根の多くは瓦屋根に葺き替えられたり、トタンを被されたりして姿を消していきました。それに伴い、利用されなくなった茅場は自然林に遷移したり、スギやヒノキの人工林に変わっていきました。
茅葺き屋根の構造は、屋根を支える構造材である合掌(スギなど)、屋根下地である垂木やヤナカ (タケや雑木)、部材を結束する縄(稲わら)、屋根材(茅)、茅を固定するおさえ竹(タケ)で構成され、そのほとんどの材料は集落近郊で採取されていました。
茅葺き屋根はおよそ20年ごとに葺き替えられますが、その際には茅葺き職人だけでなく 地域住民の多くが「ユイ」という形で手伝い、集落の家々は順々に葺き替えられていました。
また、屋根葺きに用いられる道具(たたき、はり、はさみなど)は、手作りのものが多くあり、どの道具も職人が自分に合った道具を求めて独自に工夫を凝らして発展してきました。
合同会社かやすけ 立松 昌朗