とよたストーリー
「うちは、ヤマ石屋」-花沢町の石材業-
昭和30年代頃までの豊田市花沢町の石材業は、採石も加工も運搬も、ほとんどが人力で行われていました。その頃に石材業をしていた方にお話を伺うと、「うちはヤマ石屋だよ」という言葉が出てきます。この地域で「ヤマ石屋」とは、転石のある山に仕事場を構え、原石を切り出し、加工する石屋のこと。対して街部にある「ミセ石屋」は、購入した原石を灯籠や挽臼、墓石などに加工する石屋を指します。
里から離れた山に泊まり込んで「原石を切り出し、加工して、山から搬出する」という、厳しい自然を相手にして危険も伴うヤマ石屋の仕事は、石材業のひとつの形態として確立し、職人の技術とプライドをもって、この地域で受け継がれてきました。
花沢町において、石材業が農閑期の仕事から地域の主力産業になると、「仕上げの砥ぎ仕事」や「原石を割った際に出る石片集め」(治山事業で使用)が、女性や子どもの仕事になり、地域全体が石材業にたずさわりました。かつて家族の生活の一部であった、石材業やそれに関わる記憶をご紹介します。