とよたたんきゅうラボ

シーン(ベースに刻まれた昔から今までの人々の営みと記憶)

川を渡って通勤通学

江戸時代までは、河川に架けられた橋は少なく、人々は「渡し船」「舟渡」と呼ばれた船で、川の両岸の通行や物資の運搬を行っていました。明治初期には、矢作川筋には8つ、巴川筋には1つの渡船場がありました。昭和期には、通学や通勤にとっても貴重な交通機関となっており、中には自転車も載せて渡る人もいました。

川を渡って通勤通学

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